日本演劇学会
全国大会・研究集会・コロキウム
2017年度 日本演劇学会 全国大会  テーマ:演劇と教養
◆ごあいさつ

「イギリス批評の父」と呼ばれるジョン・ドライデンは、イギリスにおける本格的な演劇論の嚆矢となる『劇詩論』(1667)を著し、古代作家と現代作家、英仏演劇の比較、エリザベス朝演劇と王政復古期演劇の比較、演劇における規則の是非、劇の文体の優劣など、その当時の演劇界の重要トピックを、四人の人物の対話形式で論じました。議論が白熱する中で、四人のうちの一人、リジディアスが、“劇がどのようなものであるべきかを知らなければ、誰が最高の劇を書いたかを論じるのは不可能だろう”と発言します。リジディアスがそう言うや否や、他の三人は、“それでは劇の定義を教えてくれ”と彼に懇願します。そこでリジディアスは、劇とは「人間性の正確で生き生きといたイメージであり、人間の従属する運命の変転を描いて、人間を楽しませながら教え導くもの(for the delight and instruction of mankind)」と述べます。
 ドライデンに限らず、演劇の目的が“教えかつ楽しませるもの”とする言説は、古今東西に繰り返し唱えられてきた演劇理論の一つであることは言うまでもありません。その根底にあるのは、演劇は楽しいものでありつつ、豊かな人間性を涵養するために役に立つもの、言い換えれば、演劇は娯楽であると同時に「教養」であるべきだという確信です。そして、演劇は、人間性を養うものという意味での「教養」として、人々にとってなくてはならないものということになります。事実、かつて、全財産を奪われ監禁された南アフリカの政治犯は、音楽、美術、文学などの教養(Humanities)が、人間にとって不可欠なものであり、「食べ物よりも重要だったことを確信した」と発言しました(デイヴィッド・シャルクウィック、IFTR基調講演、2014年)。
 2017年度の大会では、演劇は教養となりうつのか?演劇が教養の一部になるとすれば、教養としての演劇とはどのようなものをいうのか?そもそも、演劇的教養は人間にとって必要なのか?という問題をめぐり演劇の存在意義を「教養」という文脈において考えたいと思います。さらに、古典古代より、「教養」は「教育」と結びつき、その対象と役割が様々に論じられてきたことを思えば、演劇と「教養」の問題は、演劇と「教育」の問題であるとも考えられます。実際、日本演劇学会に属するかなりの大学教員は、専門教育や職業教育としでではなく、教養教育として演劇を教えています。その際、私たちは、何を、何のために、どの様にして教え、研究と結び付けたらいいのでしょうか?
 今大会では、総合テーマを「演劇と教養」として、以上のような問題意識をもって大会運営に取り組みます。但し、「演劇とは何か」という問題は、個別の演劇研究の根本にありながら、個別の演劇研究の積み重ねの上に総合化されてその答えを表してくるものだと考えられます。したがって、発表の応募に当たっては、このテーマを意識していただきながらも、それに直接関係する必要はありません。

  2017年度日本演劇学会大会実行委員会 小菅隼人、常山菜穂子、平田栄一朗、岡原正幸;楠原偕子

◆日 程:2017年6月3日(土)~4日(日)

◆会 場:慶応義塾大学 日吉キャンパス(〒223-8521 横浜市港北区4-1-1)日吉駅(東急東横線、東急目黒線/横浜市営地下鉄グリーンライン)徒歩1分 構内マップ:PDFファイル

◆受 付:来往舎イベントテラス前 9:00~

大会プログラム:PDFファイル

◆大会参加費: 2000 円 懇親会費 5000 円(学生 3000 円)

◆参加申し込み:郵送いたしました参加申し込みハガキに必要事項をご記入の上、期日までにご発送ください。総会御欠席の方は委任状の記入をよろしくお願いいたします。

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◆お問い合わせ・送り先

慶応義塾大学 理工学部外国語総合教育教室
日吉キャンパス来往舎722研究室
小菅隼人
hayatok@kvj.biglobe.ne.jp (home)
hamlet@keio.jp (office)