2022年度の全国大会を振り返って
公開日:2022-09-13 / 更新日:2022-09-13
土屋康範(2022年度全国大会・実行委員長)
前回、多摩美術大学が全国大会のホスト校を務めたのは、日本演劇学会創立50周年にあたる1999年。爾来、20年以上の時が流れているので、演劇学科のある大学としては、そろそろホスト校を担当すべき時が来ているのではないか…という思いがありました。ですので事務局から全国大会担当の打診があったときには、お引き受けするなら今だな、と感じました。「いま来るなら、あとには来ない。あとで来ないなら、いま来るだろう。いま来なくても、いずれは来る。覚悟がすべてだ(松岡訳)」といった心境でしょうか(笑)。
最初に実行委員長を務めるにあたって思ったのは2つのことでした。一つは美大らしい大会にしたいということ、もう一つは演劇の実践家と研究者が交流する大会にしたいということでした。後者に関しては、多摩美の教員自体が演劇界の第一線で活躍する演劇人ということもありますし、福島勝則先生が実行委員長を務められた1999年大会でも強く意識されていたことだからです。そういったことから、大会テーマを「演劇と美術」とし、演劇の実践家と研究者を交えた展示と3つのシンポジウムを企画した次第です。具体的には、前夜祭(6月3日)の「近代日本の演劇と吉田謙吉」、大会一日目(6月4日)の「NODA・MAPにおける美術のポジション――野田秀樹の作品を例として」、二日目(6月5日)の「演劇と美術 —入り交じる時間と空間―」ですが、これらは演劇と美術のインタラクティヴな関係を考察する上で、新劇、小劇場、そしてボーダレス化する?演劇の最前線という時間軸のようなものを意識したつもりです。
ただ、若干の懸念もありました。まずは演劇学会において「美術」という大会テーマで研究発表の応募があるのだろうかということです。さらにジンポジウムについて言えば、パネリストの大半は演出家、劇作家、舞台美術家ということで、「各人がいいたいことを言って終わる座談会」に終始してしまうのではないかということです。この点は理事会にも心配をお掛けしていたようです。
さて、このような懸念を心に留めて準備を進めたつもりですが、はたして実際はどうであったのか。まず大会参加者数(参加費を納めた人数)は会員104名、非会員40名の合計144名でした。研究発表(パネルセッションも含めて)の数は例年より少なめの12件でしたが、うち「演劇と美術」に関連するものは5件ありましたので、この点は少し安堵しました。それにしても、多くの方に発表の機会を持って頂くことと大会の研究的な水準を保つこととの間でバランスを取るのはなかなか大変なものですね。今回、企画運営委員会に参加させて頂き、それがよく分かりました。
シンポジウムの準備はというと、はじめに登壇者の中の研究者チームでテーマや進行に関する方策を練り、それをもとに他の登壇者と個別に擦り合わせをするというやり方をとりました。その甲斐もあって今回のシンポジウムを通して、劇場制度や上演芸術の枠組みが強固に出来上がっているドイツや英国などの欧州に比べ、そうではないからこそ逆に演劇人と美術家が柔軟に相互交流できる余地がある日本の現場の姿が浮かび上がってきたように思います。ただ、少し心残りだったのは、私が大会の事務的な準備に追われてしまい、登壇者全員での擦り合わせの時間が当日まで持てなかったことです。それが事前にできていれば、ディスカッションはもっと嚙み合ったのではないかと感じています。あとは、今大会が演劇の研究者と実践家の双方に資するものになるかどうかは、今後の波及効果に掛かっていると言えましょう。そのためにも、まずは『演劇学論集』紀要75に掲載できるよう、シンポジウム記録のまとめに励みたいと思います。
最後に、何と言っても今回の大きなハードルはコロナ禍における対面開催ということでした。年明けから始まった第6波は4月になってもなかなか収まらず、GW後に感染者が再び急増するのではないかと、直前まで不安が拭えませんでした。そんな中、会場の定員を定め事前予約制を取るとともに、「感染予防ガイドライン」を定めて、手指消毒の徹底、室内のこまめな換気、ネームホルダーの返却不要の措置などできる限りの対策を講じました。さらに直前で悩んだのは、発表者からも参加者からも、対面とオンラインを併用したハイフレックス型実施の希望があったことです。今大会では設備と学生スタッフの技術の面で、全ての会場で対応することが難しいことから実施しませんでした。しかし、この点は学会としてスタンスをはっきりさせておくべきかと思いました。それから個別発表に関しては発表者が欠席になった場合は中止で済みますが、シンポジウムは主要な登壇者が罹患して急遽、欠席した場合、どうしたらいいのか。代替案を準備できずに臨んでしまったので、そこも反省点です。幸いにも登壇者の欠席はありませんでしたが。
そういった諸々のプレッシャーの中で、なんとか対面開催を実現できたのは、ひとえにサポートを頂いた皆さまのお蔭です。前会長の永田靖先生、前事務局長の井上優先生、企画運営委員長の大林のり子先生、広報情報委員長の木下耕介先生、理事の皆さま、企画運営委員の皆さま、そして当日、各ルームの司会をご担当くださった先生方、この場を借りて改めて御礼申し上げます。(土屋康範)