西洋比較演劇研究会 2022年10月 第225回例会のご案内 | 日本演劇学会

西洋比較演劇研究会

研究会からのお知らせ

西洋比較演劇研究会 2022年10月 第225回例会のご案内

公開日:2022-09-20 / 更新日:2022-09-20

  • 日時 2022年10月8日(土)14:00-18:00
  • 会場 成城大学3号館 312教室
    • 対面で開催します。併せてZoomによるオンライン方式を設定する予定。リンクは10月7日(金)に会員メールで発信します。当日は成城大学で入試関係の予備日に設定されており、前週末の天候などの状況によってはオンラインのみの開催になる可能性があります。その場合は10月3日以降すみやかに会員メールなどで周知いたします。
    • 非会員で見学を希望される方は研究会事務局まで問い合わせください(y3yamash★seijo.ac.jp ★を@に変換してご送信ください)。2度目からは入会をお願いしています。

第225回例会 

研究発表(1)14:00-15:50
塩田典子「演劇における自己欺瞞と自由 ―― サルトルの『蠅』と『存在と無』における一考察 ――」

要旨
 本研究は、J=P・サルトルがドイツ占領下に執筆した戯曲『蠅』(1943)と『存在と無』(1943)を演劇論として検証し、演劇上演とは何かを考察することを目的とする。サルトルは自由の哲学者として知られ、哲学、芸術等多岐に渡る分野において活躍した。サルトルが創刊した雑誌『現代』に参加したF・ジャンソンは、『蠅』における自由を「根源的な自由」とし、1945年に行われた講演「実存主義はヒューマニズムである」で示された「あらゆる価値の基礎としての自由」と同様のものとして自由を論じた。R・ロリスは、『蠅』は実存主義的英雄の創造を行うドラマトゥルギーを持つとして主人公オレストの自由の問題を検証し、戯曲分析を行なった。本研究では、演劇における自由の概念について、サルトルが『存在と無』で提唱した概念である自己欺瞞の観点から考察を行う。そしてサルトルの存在論の基本となる対自存在の脱自性、欠如性の検証を通して、観客が演劇を観るとはどのような行為であるのかについて研究を行なった。『存在と無』では、他者論となる対他存在について考察されており、「共同存在」の例として、舞台上演を見る「われわれ」が検証されている。本研究は、演劇上演と観客であるわれわれの関係を、サルトルが『出口なし』(1944)上演の際に行なった講演「演劇の様式」やJ・ランシエールの観客論である『解放された観客』を検討し、演劇における自己欺瞞と自由との関係性について、演劇論とサルトルの存在論から考察するものである。

発表者プロフィール 塩田典子(しおた・のりこ)
早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。三島由紀夫『サド侯爵夫人』におけるG・バタイユの受容研究。東京都立大学大学院人文科学研究科フランス文学教室修士課程修了。J=P•サルトルの初期戯曲と『存在と無』における演劇論の研究。

研究発表(2)16:10-18:00
稲山 玲「野田秀樹『パンドラの鐘』における「原爆」の記憶」

要旨
 『パンドラの鐘』(1999)は、作者・野田秀樹が初めて原爆という題材を扱った作品である。野田は、本作が『贋作・桜の森の満開の下』(1989)と対極の関係をなすことを明言しており、同作が国家の始まりを描くのに対し、『パンドラの鐘』は国家の終わりを描く作品だと位置付けている。こうした両作品の連続性を踏まえて、本発表では次の2点に着目したい。
 第一には、本作の時間感覚である。国家の終わりを描くと位置付けられた本作において、その終わりはどのような性質を持つだろうか。第二には、ナショナルな「物語」の扱い方である。『贋作・桜の森の満開の下』では、天皇制を中心とした国家の始まりが描かれ、日本の「建国神話」である「記紀神話」が題材のひとつとされた。一方本作においては、原爆という国民的記憶の存在が、作劇の前提とされている。劇中で発せられるのは「もう一つの太陽」「長崎」といった語のみで、原爆そのものは明示されない。すなわち野田は、観客の持つ国民的記憶(原爆の記憶)によって補完されることを前提に、本作を作劇しているのである。この原爆という国民的記憶は、国民の大部分が共有するものであること、又「唯一の被爆国」という戦後日本のアイデンティティの礎になったことから、ナショナルな「物語」とも言えるものだろう。野田はこのナショナルな「物語」をどのように利用しているのだろうか。
 以上の2点に関して、劇内容と観客受容の両面から考察することで、今まであまり論じられてこなかった、本作における野田のナショナルな「物語」の扱い方を明らかにしたい。

発表者プロフィール 稲山 玲(いなやま れい)
専修大学、神奈川大学、 玉川大学兼任講師。明治大学客員研究員。博士(文学)。野田秀樹、井上ひさしをはじめとする日本の現代劇作家を研究対象とする。最近の論文は「『夢の痂』に見る井上ひさしの天皇観」(『西洋比較演劇研究』第21号 西洋比較演劇研究会 2022年)、「野田秀樹『贋作・桜の森の満開の下』の国家形成に見られる「二項対立構造」と「円環運動」」(『近現代演劇研究会』第9号 近現代演劇研究会 2020年)他。著書に『Booklet28 Royal Bodies 象徴と実在の間』(共著 慶應義塾大学アート・センター 2020年 執筆箇所「天皇を表象する−野田秀樹『TABOO』における「てんのう」の記号とパフォーマンス」)がある。

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