演劇学会のアクセシビリティ ― 2023年度 日本演劇学会 秋の研究集会を振り返って | 日本演劇学会

演劇学会のアクセシビリティ ― 2023年度 日本演劇学会 秋の研究集会を振り返って

公開日:2024-04-02 / 更新日:2024-04-03

 

須川 渡(福岡女学院大学)

 福岡女学院大学での2023年度秋の研究集会は、11本の個人研究発表、パネルセッション、2本の開催校セッションを行い、80名ほどの方に参加いただいた。懇親会も実施でき、対面開催もようやく落ち着いて行えるようになった。前回大きく携わったのが2019年秋に開催した岩手西和賀銀河ホールでの研究集会だったが、コロナ禍のオンラインでの学会実施を経て、ひとところに集まって議論することの重要さを改めて感じることとなった。

 今回の研究集会では「演劇と共生社会」というテーマに鑑み、「手話通訳」と「文字通訳」を行った。これは日本演劇学会のみならず、運営した私にとっても初めての試みだった。情報保障は、他の学会や研究会などでも行われ始めているが、まだその方法が共有されていないように感じられる。これから情報保障を行う際の一助になればと思い、福岡という場所でどのように実施したのか報告したい。

 そもそも今回のテーマは、文化芸術を通した社会包摂に関わる取り組みに私自身がいくらか携わっていたことがきっかけにある。公共劇場の取り組みや社会的マイノリティを主としたパフォーマンス、教育の現場で行われる演劇実践など、多くの関心を持たれるテーマであったように思う。演劇研究者としてそれらの事象にどのように向き合えばよいのか、今回の集会がその議論の場になればと考えた。個人研究・パネル発表の募集をする際には、発表題材例をいくつか示すのが慣例となっているが、そのうちの一つに「劇場とアクセシビリティ」を挙げた。本研究集会でもお話いただいたピッコロ劇団の鑑賞サポートやシアター・アクセシビリティ・ネットワークの活動は「演劇と共生社会」というテーマにおいて欠かせないものだった。それと同時に、様々な人がこのような議論に参加できなければ、大会趣旨とかみ合わなくなるとも思った。「劇場へのアクセシビリティ」について考えることは「演劇学会へのアクセシビリティ」を考えることにもつながる。参加希望者からも情報保障の希望があり、開催5か月前の6月頃から検討し始めた。

 まずは、何が必要か一つひとつ確認した。他の学会や研究会で行われている情報保障の実施例はもちろん、本大学が属する地域自治体や学内でどのようなサポートが行われているのかリサーチをした。障害サポートに関しては、大学や地域によっても差がある。まずは身近なところで何ができるか探る必要がある。

 本研究集会では、福岡市聴覚障がい者センターに手話通訳を依頼した。一つのセッションにつき二人、また今回は手話で発表される方もおられたので、その場合は「声を聞いて手話をする通訳者」と「手話を見て声を出す通訳者」の両方を依頼することになる。この辺りのことは、発表者とメールでやりとりをし、お互いに齟齬のないようにつとめた。

 もうひとつは文字通訳だ。ろう者は主に手話で、難聴者は日本語(文字)で理解することを知り、文字通訳についても検討することになった。今回は、音声認識で声を文字化するコミュニケーションツール「UDトーク」を使用した。他の研究会で使用されているのを拝見したことはあったが、これも一つひとつ必要な機材や手順を確認していくことになった。マイクや音声ケーブルにくわえ、iOS12以降に対応しているi-Padやオーディオ・インターフェースが必要となる。今後さらに簡易で汎用性の高いツールになる可能性はあるが、まずは機材を調達しなければいけない。機材に関しては、会場を担当する大学のメディアセンターにも相談するとよいだろう。学内でノウハウを共有しておけば、今後他の学会や研究会でも応用することができる。 マイクで拾った音声の信号が文字に変換される仕組みさえ分かれば、あとは会場の大きさに合わせてセッティングすればよい。集音しアウトプットをする機能があれば、教室備え付けの音響設備や、持ち運びできるマイクとポータブル・スピーカーで対応可能である【写真1】。UDトークの実践は、コロナ禍においてオンラインでコミュニケーションを試みたことに通じるものがあった。事前に単語登録をしておけば、誤認識されがちな人名や用語も変換してくれる。会場をどのようにコーディネートするかは開催校の裁量に任されているが、発信者と受け手の関係をどうすれば成立させられるかメディアを介して試行することは、パフォーマンスの観点から捉えても興味深かった。

ポータブル・スピーカーが二台並んでいます。
【写真1】ポータブル・スピーカー。「出力ライン」さえあれば、大学内で使用できるもので十分対応可能だった。

 この数年、オンラインで学会を実施した際には万一トラブルがあった時のために事前に発表原稿を提出する措置が取られたが、今回もまた、発表原稿ないし文字情報の多いスライドを事前に提出してもらうよう発表者にお願いした。これは先述したように発表で使用される単語の事前登録、手話通訳者や文字修正者の方に事前に内容を把握してもらうためのものである。また、トラブルがあった時に配布する紙の資料としても必要だった。文字通訳のため、小さな教室でも司会者の先生方にはマイクの使用を頼んだ。

 初めての試みでもあったため、その意図については、もう少し丁寧に参加者の方には説明するべきだったとも思う。マイクにしっかりと声を通さないと当然ながら文字は変換されないし、音声入りの動画を見せる場合は、そのための内容の説明や字幕が必要となる。当日は、アクシデントや反省すべき点もあった。ケーブルが足りなかったり、初歩的なマイクのトラブルがあったり、当日協力いただいたスタッフの皆さんにもご迷惑をおかけしてしまった。これからも試行錯誤は続くが、回数を重ねて、情報保障に対する意識や方法を共有する必要があるだろう。

 おかげさまで、手話通訳・文字通訳を利用された参加者の方には研究集会後にあたたかい言葉をいただいた。行き届いていない部分も多々あったと思うが、今回実施して感じたのは、まずは、対個人でその都度望ましい方法を模索していくということだ。このプロセスは、いったい誰にむけて演劇研究を行うかという学会のあり方そのものに関わることでもある。

 本大学は必ずしも大きな大学ではなく、運営するスタッフも限られていた。それでも実施できたのは大学を越えた多くの方々の協力によるものである。福岡市聴覚障がい者情報センターの皆さん、九州大学の長津結一郎先生はじめ学生スタッフの皆さんに、この場を借りて改めて感謝申し上げます。今後も様々な演劇研究者の集う場となることを願っています。

手話通訳およびUDトークの様子(記録動画より)
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